【 淡交会 会報85号 インタビュー記事 】  スマホ対応済み、画面更新して、見て下さい。   最終更新日: 2020/12/24  
表紙インタビュー
日本の淡水魚研究の第一人者で、このほど
 淡交会の環境委員になられた       
―― 環境委員公のメンバー
募集 (淡交会報 第84号)を
すね。          
「大学以来ずっと関西にい
るため会報を見るたびに望
郷の念にかられた。近畿大
を2年前に定年退職し時間
が出来たので、私の専門が
役に立てばと思いました」
 ―― 環境委員としてどんな
役割を果たしたいですか?
「生物多様性に関し特に魚
類を専門に研究してきたの
で、水辺の生物多様性・保
令について出番があるかな
と思います」       
 ―― 今はどのような活動を
されているのですか?  
「昨年9月まで日本魚類学
 会会長を務め、現在は同学
 会の自然保護委貝会で希少
 淡水魚問題検討部会の委貝
 として活動しています」  
 ―― 希少淡水魚の保護に
  ついてお聞かせください。
 「希少魚を守らなければな 
らない理山は5つ。@日本
 人の雁史は数万年程度だが、
 メダカは1千万年前から日
 本列島に存在している。野
 生の魚は自然史的遺産であ
 り、日本列島の進化の生き
 証人。A文化財としての価
 値。野生のコイがいなくなっ
 たら5月の空を泳ぐ鯉のぼ
 りはどうなる。B父が魚釣
 りが好きで、幼いころ江戸
   
川、行徳、浦安、印旛沼、
 手賀沼…とあちこち連れ回
 された結果、魚類学者になっ
 てしまった。水辺で自然の
 すばらしさを体感させるこ
 とは大事だ。C遺伝子資源
 として役に立つ。生きた化
 石と言われるカブトガニの
 血液の巾に病原菌が入ると
 血液が固まる性質があるこ
 とが最近分かった。病原菌
 のモニタリングをするのに
 カブトガニの血液を抽出す
 ることを米国の製薬会社が
 始めている。D希少種が生  
  息するということは極めて
  良好な自然環境が保たれて
  いることを示す証拠なので、
  環境指標としての価値があ
  る」           
 ―― 希少魚の保護がなぜ大
  事なのか分かりました。
 「 余談だが、ギンブナ(マ
  ブナ)を ご存じですか?
   あれはメスしかいないんです。
       無性生殖の
        一種である
        雌性発生で
        クローン増
殖します。近縁種であるキ
ンブナとかゲンゴロウブナ
といった有性生殖を行うフ
ナ類の雄をたぶらかして精
子による刺激をもらうが、
子には母親の遺伝子しか伝
わらない。ギリシャ神話に
登場するアマゾネスは女性
だけで生活する部族として
知られるが、ギンブナは水
の中のアマゾネスです」  
―― 京都大から水産庁に 
行かれた訳は?       

「大学院の博士課程まで京
 都大には18年いたが、博士
 号を取ってから相当苦労し
 た。いろんな大学の非常勤
 講師、予備校の先生も経験
 した。それで当時、国家公
 務員採用上級試験に相当す
 る研究職の試験に応募して
 水産庁に採用された。水産
 庁には11年在職し、養殖研
 究所でタイやヒラメの研究
 をし、中央水産研究所で希
 少種の保護や外来種の駆除
 の研究を続けました」   
 ―― 外来魚はなぜ悪いので
 すか?          
「@生態的影響、つまり食
 害で、ブラックバスやブルー
 ギルが日本の在来魚を食べ
 てしまう。A遺伝的影響で、
 外来魚と日本の地場の淡水
 魚が嫁人り婿人りしてしま
 うと、在来種が持つその地
 域に最も適した形質が薄ま
 る。在来種の適応価の減退
 は繁殖力の低下につながり、
 やがては子孫を残せなくなっ
 てしまう。例えば長野県上
 高地のヤマトイワナは、北
 米原産の同族別種のカワマ
 スと雑種を作った結果、子
 孫が不稔になり絶滅した。
 B病原菌や寄生虫の持ち込
 みによる病疫的影響。外来
 魚の個体が病気を持ってい
 て在来魚に水平感染する。
 アユの冷水病は北米原産の
ギンザケを輸入した時にサ
 ケと少し近い仲間のアユに
 水平感染したとも言われる。
 C想定できない未知の影響。
 フランケンシュタイン効果
 と呼ばれるが、何をしでか
 すか分からない。沖縄のハ
 ブを退治する目的で導入し
 たジャワマングースが、ハ
 ブを食わずに、固有種のア
   
淡交会事務局で行われた細
 谷さん(左)とのリモート
 インタビュー(9月7日)
マミノクロウサギやヤンバ 
 ルクイナをどんどん食って
 しまうという想定外の事態
 が起こった事例は有名です」
―― 日本の淡水魚を取り巻
く現況は厳しいのですか?
「日本の淡水魚は350種
あるが、そのうち120種
ぐらいが危機に瀕している。
日本の生物多様性の危機は
4つある。@開発による種
の絶滅。自然環境を壊して
宅地に変える。乱獲もある。
圃場整備事業で水路をコン
クリート張りにしたため、
土の水路がなくなった。A
里山・里地の荒廃。傾斜地
や棚田を放置し、イノシシ
やシカが入り込んでいる。
B外来種問題と農薬がセッ
卜になっている。農薬で駆
除する害虫は、希少昆虫の
幼虫だったりする。ホタル
とかバッタとか、在来の生
態系には歴史的な背景があ
る。そこに外来の生物や全
く経験したことのない農薬
が入ってくることが危機だ。
C地球温暖化の影響。今の
ところ淡水魚には目立った
影響はないが、海洋生物に
影響が出ている。琉球列島
が北限だった魚が黒潮に乗っ
て房総半島まで北上し、北
方系の魚はどんどん北に追
いやられている」     
―― そうした危機的状況を
今後どうやって守っていく
のですか?        
「生物多様性に対する環境
教育や啓発が足りないと感
じるが、一方で心ある人た
ちがシニアを中心に随分い
らっしゃる。市民の方々が
身近な自然を見直し、地域
の自然再生に向かって動い
てほしい」        
―― 両国高校ではもちろん
生物部ですね。      
「1年の秋に入部し、顧問
の薄葉(重)先生にお願い
して、1人だけの『魚類班』
を作ってもらった。2年に
なって魚好きの後輩が入っ
たので、よく水元公園(葛
飾区)の小合溜で淡水魚を
採集した。 妖精がいるのじゃ
ないかと思うくらい木が澄
んでいて、いろいろな魚が
いた。太古から棲み続ける
30センチぐらいのカラスガ
イを見つけて驚いたことも
ある。          
 生物部は伝統があって、
東大名誉教授で日本の植物
学のエキスパートである大
場秀章博士も元生物部だ。
シーボルト研究でも有名で、
魚類学会が長崎でシーボル
トに関するシンポジウムを 企画し、大場博士に基調講
演をお願いした際、両国高  
 校59回生で元生物部だった
 ことが分かり、それ以来親
 交を深めています」    
―― 生物部で楽しかったこ
 とは?        
「夏の長野県蓼科高原での
テント合宿で、闇鍋が思い
出。各自が取ってきたもの
を鍋に入れ、動物でも植物
でも訳の分からないものを
一杯食べさせられた。咸丿激
したのは房総半島の養老渓
谷、夷隅川で、今では天然
記念物になっている超絶滅
危惧種のミヤコタナゴを採
集したことです」     
 ―― 後輩への一言を。   
「第1に伝統校としての誇
りを持つこと。第2に一日
一日を大事にすること。第
3に、必然性は時間の中に
はなくて空間の中にあるこ
とを理解すること。知的な
出会いは空間の中にある。
だから東京を離れ、出来れ
ば外国に行って視野を広め
てほしい。第4は人生に無
駄な経験はないということ。
第5に英語力をつけること。
これからは英語なくして生
きていけません」     
(9月7日、奈良市のご自
宅と淡交会事務局を結んで
 Google Meetで(宇田川)
   ◇  ◇  ◇  
  ほそや・かずみ 1951
  年6月、江戸川区小岩生
 まれ、69歳。近畿大学名誉
  教授。農学博士。専門は魚
  類学および保全生物学。  
   江戸川区立小岩小、小岩
  第一中を経て1967年、
  両国高校に入学し、70年卒
  業した。         
   71年4月、京都大学農学
  部水産学科入学、75年3月
  卒業。同年4月、京都大学
  大学院農学研究科修士課程
  水産学専攻。77年4月、同
  博士課程水産学専攻。   
   90年4月、水産庁養殖研
  究所育種研究室室長。96
  4月、水産庁中央水産研究
  所魚類生態研究室室長。  
   2000年4月、近畿大
  学農学部水産学科・大学院
  農学研究科教授。04年4月、
  同環境管理学科・大学院農
  学研究科教授。18年4月、
  近畿大学名誉教授となり、
  現在に至る。       
   16年4月、自然環境功労
  者環境大臣表彰。17年9月
  から19年9月まで日本魚類
  学会会長を務めた。    
『日本の淡水魚』(山と
   渓谷社)、『シーボルトが
  見た日本の水辺の原風景』
  (東海大学出版部)ほか
  著書多数。